硝子の物語Story

未来への希望

ガラスの向こうにある、人とまちの歴史を伝える場所へ

未来への希望 | 2026.9.16
東京・錦糸町の店舗改装に込めた思い

昨年12月末、廣田硝子は東京・錦糸町の店舗を改装し、新たな形でお客様をお迎えする場所として再オープンしました。これまで廣田硝子の商品をお客様に直接ご覧いただく機会は、小売店様や百貨店様でのお取り扱い、また催事や企画展などが中心でした。もちろん、そうした場は多くのお客様との大切な接点であり、私たちにとっても貴重な機会です。

一方で、限られた会期や売場の中では、廣田硝子が長年取り組んできたものづくりの背景や、商品シリーズごとの成り立ち、職人の手仕事、東京のガラス文化との関わりまでを、十分にお伝えすることは簡単ではありませんでした。

またこれまでは全ての商品を並べる販売スペースが多く取れず、一部の商品のみをご覧戴けませんでした。商品をお求めいただく場所ではあっても、廣田硝子という会社が何を大切にし、どのような思いでガラス食器をつくり続けているのかを、空間全体でお伝えできる場所には、まだ至っていなかったように考えておりました。

近年は、オンラインショップやカタログを通じて商品をご覧いただく機会が年々増えています。写真や文章によって商品の特徴をお伝えすることはできますし、遠方のお客様にも廣田硝子を知っていただける大切な手段です。

しかし、ガラスには画面越しや紙面だけでは伝えきれない魅力があります。手に取ったときの重み。指先に触れたときの質感。光を受けたときの表情。色の奥行き。職人の手仕事によって生まれる、わずかな揺らぎや温かみ。そうしたものは、実際に見て、触れていただくことで初めて伝わる部分があります。デジタルでの発信が広がる時代だからこそ、直接ガラスに興味を持ってくださる方々へご紹介し、実際に手に取っていただくという、ある意味ではとてもアナログな接点をもう一度大切にしたい。その思いから、今回の事務所・店舗改装を行いました。今回の改装は、単に店内を新しくするためのものではありません。私たちが目指したのは、廣田硝子の商品を心ゆくまでご覧いただける場所であると同時に、ガラスの背景にある人の仕事、技術、歴史、そしてまちの記憶を感じていただける場所をつくることでした。

廣田硝子が店舗を構える錦糸町、そして墨田区周辺は、東京のものづくりを支えてきた地域です。ガラスをはじめ、金属、紙、木工、皮革、印刷など、多くの職人仕事がこの土地で育まれてきました。かつてこの地域には、ものをつくる音や気配が日々の暮らしの中に溶け込んでいました。工場や職人の仕事が、まちの風景とともに存在していた時代があります。しかし、街の姿が変わり、産業の形が変わる中で、そうしたものづくりの記憶は少しずつ見えにくくなっています。だからこそ、私たちはこの錦糸町の地に、ガラスの仕事を伝えるための場所をつくりたいと考えました。

食器は単なる日用品の枠を超え、その国の文化や美意識を映し出す文化的表現の一つであると考えております。和食が日本の食文化であるならば、それを盛り付ける器にもまた、日本人の美意識や暮らしの営みが表れます。日本酒を嗜むための器には、香りや温度、手に取ったときの感覚まで含めた、使い方に寄り添う形があります。どの国にも、その国の食事や生活に合わせた器の形、色、質感があります。それらは単なるデザインではなく、その土地で育まれてきた文化そのものだと思います。その国でつくられるガラス食器であるならば、その国の職人が積み重ねてきた技術や感性、暮らしの中で育まれてきた価値観が宿るものであってほしい。

廣田硝子がこれまで大切にしてきたのも、まさにそうした背景を持つガラスでした。

1950年 廣田硝子 写真

廣田硝子の商品には、職人、技術、歴史、そして土地の記憶が重なっています。

江戸切子、江戸硝子、大正浪漫硝子、お醬油差しなど、それぞれの商品には、単なる形や色だけでは語りきれない背景があります。そこには、先人たちが試行錯誤を重ね、時代に合わせて技術を受け継ぎ、変化させてきた歩みがあります。

たとえば、同じ透明なガラスであっても、手にしたときの厚みや重さ、光の入り方、口当たりによって印象は大きく変わります。乳白の表情、色硝子の濃淡、切子の反射、吹きガラスならではのわずかな揺らぎ。それらは、写真だけでは伝えきれないものです。

だからこそ、実際に感じていただける店舗という場所が必要でした。錦糸町駅から歩いてほど近いこの場所に来れば、廣田硝子の商品を一度に見ることができる。シリーズごとの違いを比べることができる。実際に手に取り、光にかざし、ガラスの表情を感じていただける。そして、ただ商品を見るだけでなく、その向こう側にある東京の和ガラス文化や、墨田というものづくりのまちの歴史にも少し触れていただける。

そのような場所にしたいと考えました。

今回の改装で、特に思いを込めたものの一つが、店舗の壁面です。

壁面には、割れてしまったガラス食器を砕き、再び熱を加えることで生まれたガラスを用いました。さまざまな色が混ざり合い、光の当たり方によって表情を変えるその壁面は、ガラス食器の会社だからこそできる装飾です。

本来、割れてしまったガラス食器は、多くの場合、廃棄されるしかありません。どれだけ丁寧につくられた器であっても、割れてしまえば商品としてお客様のもとへ届けることはできません。

しかし、割れたからといって、そのガラスが持っていた美しさや、そこに込められていた手仕事の痕跡までが失われるわけではありません。

破片となったガラスの一つひとつ色や表情を見極めながら丁寧に分けていきました

砕かれたガラスは、もう一度熱を受けることで、別の表情を持つ素材へと変わります。器としての役割を終えたガラスが、今度は店舗の壁面として、お客様を迎える場所の一部になる。

そこには、単なる再利用というだけではない意味があります。

割れてしまったガラスに、新たな道をつくること。捨てられるはずだったものに、別のかたちで光を当てること。ガラスという素材の可能性を、空間そのものを通じて感じていただくこと。

今回の壁面には、そのような思いを込めました。

一つひとつ手作業で店外の壁に埋め込み作業をしました

また、外から見たときに、ここがガラスに関わる店であることが自然に伝わってほしい、という願いもありました。店の前を通る方が、ふと足を止める。ガラスの光や色に気づく。ここは何の店だろうと興味を持つ。その小さなきっかけが、廣田硝子を知っていただく入口になればと思っています。

ガラス食器は、見るだけなら「きれい」「かわいい」という言葉で終わってしまうかもしれません。もちろん、その第一印象は、ガラスにとっても廣田硝子にとっても、とても大切です。美しい、楽しい、欲しいと思っていただくことは、ものづくりを続ける私たちにとって大きな喜びです。

しかし、私たちが目指しているのは、ガラス食器の奥にある物語や温もりまでを感じて戴くことを願っております。その商品がどのような背景から生まれたのか。どのような職人の手を経て形になったのか。なぜこの形なのか。なぜこの色なのか。実際に手に取ったとき、光にかざしたとき、食卓に置いたとき、ガラスはどのような表情を見せるのか。そうした体験は、オンラインショップやカタログだけでは伝えきれません。

だからこそ、廣田硝子の店舗では、商品をただ並べるのではなく、ガラスの向こうにある人の仕事、まちの歴史、そして日本人が感じ取ってきたガラスへの美意識や価値観を、少しずつお伝えしていきたいと考えています。

東京の江戸切子や江戸硝子といった和ガラス文化は、長い時間の中で育まれてきました。そこには、名の残る職人や会社だけでなく、日々の仕事を支えてきた多くの先人の積み重ねがあります。

ガラスの原料を扱う人、炉を守りガラス食器を生み出す会社や職人、金型をつくる職人、切子などの加工を施す職人。ガラス食器が一つの製品として世に出るまでには、さまざまな仕事が関わっています。その多くは、普段お客様の目に触れることがありません。

しかし、その見えにくい背景こそが、日本の、そして東京のガラス食器の価値を支えているのだと思います。今回の改装は、廣田硝子にとって一つの区切りであり、同時に新しい始まりでもあります。商品を販売する場所としてだけでなく、東京の和ガラス文化を知り、見て、触れて、感じていただくための入口として、この店舗を育てていきたいと考えています。

ガラスの向こうにある、人とまちの歴史。

その背景に触れることで、廣田硝子の商品を、そして東京のガラスを、今までより少し身近に感じていただけたなら、これほどうれしいことはありません。