駄菓子屋や煎餅屋などの店先で、蓋付きの丸くて大きな瓶を見かけたことはないでしょうか。中にはこがね色のお煎餅やあられがぎっしり詰まっていて、「一枚60円」などと値札が貼ってあったりする――。
お腹の部分がぽってり膨らんだ愛らしいガラスの容器は、地球儀に似ているので「地球瓶」と呼ばれてきました。
ガラスの美しさは、なんといってもその透明感にあります。地球瓶は瓶口から台座にかけて胴幅がたっぷりしていて輪郭がくっきりするため、透明感が際立ってより美しく見えるのかもしれません。
お菓子の街としてにぎわった墨田区
大正時代、神田周辺に軒をつらねていた駄菓子問屋が関東大震災で大きな被害を受け、集団移転した先が、今の墨田区錦糸町あたりでした。墨田区は、お菓子の製造工場や問屋街として発展し、最盛期には菓子製造業者だけでも250軒以上あったのだそう。
そして戦後に開いた、昭和25年頃の廣田硝子の店には、大きく「菓子ビン」の看板がかけられています。
「自分の目で見たわけではないですが、問屋さんにお菓子を仕入れに来たお客さんが、ついでに菓子瓶も買って帰るような流れがあったのではないかなと思います」
そう話すのは、四代目の廣田達朗さんです。
「明治32年の創業時にはランプの火屋(ほや)から始まって、その後は食器だけでなく瓶も容器など何でもつくっていました。地球瓶もその一つではないかと思います」
地球瓶をいつから、どのようにつくり始めたのか。はっきりしたことはわかりませんが、大正から昭和にかけて、全国のお菓子屋さんで愛用されたのは確かです。当時はまだプラスチックなどの素材もなく、衛生面でガラスが重宝され、薬や化粧品などの容器にも広く使われていました。
「菓子も今のように個包装されていなかったので、清潔に保てるという利点があったんだと思います。大きくて透明なので、店先ではディスプレイにもなったのではないでしょうか」
職人が吹き比べ
さまざまな形の菓子瓶があるなかで、地球瓶はその形状、大きさからして特別です。残念ながら今では製造できる工場がなくなり、販売もストップ。地球瓶はもう、アンティークの店などでしかお目にかかれません。
国内で最後まで販売を続けてきた中島勉作商店の代表、中島寛之さんはこう話します。
「かっぱ橋の道具屋さんなどにかなりの数を卸していました。とくに用途を決めずに販売していたので、使われ方はさまざま。やはりお煎餅のイメージが強いですが、水槽として使う方がいたり、フィギュアを飾ったり」
廣田さんも中島さんも、工場で地球瓶がつくられる様子を見たことがあるのだとか。胴の部分は職人が金型にガラスのタネを吹き込む「型吹き」の手法でつくられ、台座は、高度な技を必要とする「宙吹き」の技術でつくられました。
「息を吹き込むのは一人の職人ですが、かなりの肺活量が必要なので、体の大きな人でないと大変だったと思います」(廣田さん)
「自分はこれだけ大きいのをつくれるんだって、職人同士が競い合うこともあったようです。どれくらい大きくできるか吹き比べをしているうちに、丸くて大きなものができて、それが結果的に地球儀に似ていたから地球瓶と呼ぶようになったのかもしれないですね。資料があるわけではないので、本当のところはわからないですが」(中島さん)
地球瓶に限らず、かつてのガラス職人たちは腕を磨くために、昼休み返上でガラス細工を練習したり、吹く技術を鍛錬したりしたといいます。ああでもないこうでもないと職人たちが試行錯誤するうちに、地球瓶が生まれたのかもしれない。そう想像すると楽しくもあります。
日本の暮らしに寄り添うガラスの品々
海外からガラスの製造技術が入ってきてからも、日本では独自の歩みを進めてきました。大正から昭和初期につくられたガラス製品を見ていると、当時の人びとの暮らしが手に取るようにわかります。お菓子を入れる容器もさまざま。猫が背を丸めているような形状の「丸猫瓶」、その四隅を角にした「角猫瓶」。地球瓶とともに店頭に並んでいました。
「西洋でもキャンディなどのお菓子はガラスの容器に入れられて売られていますが、もう少し縦長です。それを模倣しただけだったら、今のようにいろんな瓶や器は生まれていないと思うんですね。やっぱり職人さんが試行錯誤をして、日本の暮らしに合った品をつくろうとしてきたから、これだけ多彩な容器が生まれたんだと思います」(廣田さん)
今は、ガラスの代わりにプラスチック製で地球瓶や丸猫瓶の形をしているものもあるほど。
「わざわざ同じ形のプラスチック品があるのを見ると、やっぱり地球瓶は多くの人の記憶に残っているんだなと思いますね。上から手を入れてお煎餅を取り出す様子は、宝物を探すみたいで、今見てもいいなぁと思います」(中島さん)
廣田硝子の「すみだ和ガラス館」では、今も大きなサイズの地球瓶を見ることができます。日本人の暮らしに寄り添い、大正から昭和のガラス製品の象徴でもあった地球瓶。息を吹き入れる一瞬のゆらぎが形になるガラスだからこそ、一つひとつ異なる美しさを味わってみてください。
文 甲斐かおり
写真 yuki tsunesumi
校閲 Yuki Takimoto