硝子の物語Story

プロダクト

懐かしくもモダンな、柳宗理デザインのYグラス

プロダクト | 2024.8.26

柳宗理が1966年にデザインしたグラスを、2018年に廣田硝子にて復刻した「Yグラス」。直線的なラインと縦一列に並んだ粒が特徴のデザインで、しっかりした重みと安定感のあるコップです。プレス製品ならではのきりっとした表情をもちながら、どこか懐かしさも感じる不思議なグラス。

 

60年代に他のガラスメーカーで短期間の間、製造販売されていましたが、息の長い商品にはなりませんでした。それがなぜ52年の時を経て、廣田硝子でつくられることになったのでしょうか?

 

柳工業デザイン研究会の山本貫太郎さんとともに振り返ります。

 

 

 

 

 

懐かしい雰囲気のデザイン

 

「はじまりは、墨田区の方から柳工業デザイン研究会をご紹介いただいたことでした。かつて柳宗理がデザインしたYグラスを復刻したいとお話をいただいたのです。初めて原型になるコップを見た時、ぜひうちでやってみたいと思いました」(四代目・廣田達朗さん)

 

繊細なラインややわらかさを持つ和ガラスとはまた違いますが、ソーダガラスを素材としたYグラスの質感や色合い、デザインが醸し出す雰囲気にはどこか懐かしさも感じられました。その点が、廣田硝子とも通じるものがあったのかもしれません。

 

 

 

 

 

職人泣かせ。でも古びない仕事

 

1960年代といえば、洋風のガラス食器が売り場を占めていた時代。モダンな製品が見当たらない中、柳宗理はあえてこのデザインを提案したのだと、柳工業デザイン研究会の山本さんは教えてくれました。

 

「ほかと同じものをつくっても意味がないと、柳はずっと周囲に話していました。西洋のものまねじゃダメだと。当時のガラス食器の中で、特徴あるものをつくろうという意思ははっきりあったと思います。とてもモダンな考え方だったと思いますよ」

 

ころんと並んだ丸い粒が滑り止めの機能をもちながら、愛らしさのポイントにもなっているように見えます。

 

「冷たい工業製品といった感じはしないですよね。柳宗理の製品は、やわらかい曲線だったり、シンプルなデザインのイメージが強いですが、このコップは少し違っていて、柳作品の中でも異彩を放っています」(山本さん)

Yグラスをつくる難しさは、何といってもグラスの表面4箇所に縦一列に並ぶ粒のラインにありました。

 

「ちょうど粒の真ん中で金型が分かれるんです。つまり4つのパーツを接合してつくられていて、粒の列は接続部を隠すためのデザインでもあります。この粒と粒の間には、その繋ぎ目となるスペースがほとんどないんですよ。なので金型をつくるのがとても難しくて」(廣田さん)

 

職人泣かせのこのデザイン。廣田さんは工場の職人と試行錯誤を重ねました。

ガラス食器を中量生産する方法は、大きく三つあります。金型に吹き込んでつくる方法、ガラスを金型にプレスして押し固める方法と、金型を高速で回転させてガラスを遠心力で広げてつくる方法です。

 

「Yグラスはプレス成型じゃないと、ここまでくっきり粒のラインが出ません。でも、この形状の金型でガラスをつくることのできる工場が、もう国内に一軒しかないのです」(廣田さん)

 

 

 

 

 

柳宗理がめざした世界観

柳宗理は、戦後の日本で、人びとが日常的に使うもののデザイン性を上げようと働きかけてきた人です。「工業製品にこそデザインを」という主張を持ち、ものづくりを通して社会を豊かにしてきたともいえるでしょう。

 

今でこそ、「日用品」の領域にデザイン性や美を取り入れようとするデザイナーも増えましたが、「ロングライフデザイン」といった言葉が浸透してきたのはごく最近のこと。

 

「それを早くから言い続けてきたのが柳宗理です。かつ、実際にデザインしたものがこれだけ長く、本人が亡くなったあとも生産され続けているというのは、なかなかないことなのではないかと思います」(山本さん)

 

柳宗理の製品は、流行り廃りが激しい世の中で今も多くの人に愛され、使い続けられています。

 

「柳宗理のものだと知らずに使っていたという話もよく聞きます。柳宗理のことを学んだ学生さんが実家に帰った時、気付いたらこのスプーンを使っていたとか。それほど日常に溶け込んでいるのだなと思いますね」(山本さん)

 

気付けば日常の中にあり、知らぬ間に使っていたという点では、廣田硝子の品も同じかもしれません。機能性と美しさを兼ね備え、愛されてきた品々。毎日使うものにこそ、偉大さがあります。

 

 

 

 

 

ものづくりの喜びが品に表れる

柳作品がこれだけ長く、多くの人に愛される理由はどこにあるのでしょうか。

 

「ものの良さはもちろんですが、それを実現する手前にヒントがある気がします。つくり手と継続的に会話をして、しっかり関係性を築くこと。それを柳本人も、研究会の私たちも大事にしてきました。僕自身、6年間ずっと廣田硝子に伴走し続けています」(山本さん)

 

さらには、デザインする人たちが心の底からものづくりを楽しんでいることも理由の一つでしょう。研究会は工作室や工房のような雰囲気で、みんなが手を動かしながらものづくりを進めているのだそう。

 

「私もお邪魔したことがありますが、みなさん3Dプリンターではなく、石膏で手作業で模型をつくられるんですよね。Yグラスの粒も、当時一つ一つ石膏で模型をつくられていたことに、研究会さまのデザインへの思い入れを感じていました」(廣田さん)

 

「僕も形を考えたり、模型をつくったりするのがすごく好きです。理性や計画性だけでは、柳がしてきたようなものづくりはできない。ああでもないこうでもないと思考する、ものづくりの喜びや愛情みたいな部分が、出来上がったものにも表れるんじゃないかと思いますね」(山本さん)

 

現代にも受け継がれる柳宗理の精神に、廣田硝子の技術が加わってできたYグラス。これからの時代も、末永く愛され続ける品ではないでしょうか。

 

 

 

文 甲斐かおり

写真 yuki tsunesumi

校閲 Yuki Takimoto